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3月28日
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夏目漱石の「草枕」を読み返してみました。この小説は、絵描きが取材の旅をする話ですが、

冒頭の文章が印象深いわりに物語というほどの筋はなく、青年時代に読んだときにも物語の全体はピンときませんでした。

今回は私の年齢と、漱石がこの本を書いた年齢がほぼ同じなこともあり、何を云わんとしているのか、かなり理解しながら読めたと思います。

これは夏目漱石の文芸論と美学論の断片的な話を、絵かきと浮世離れした女という二人の役者を借りて一本にまとめた文章と思います。

 

『われ等が俗に画と称するものは、只眼前の人事風光を有のままなる姿として、

若しくはこれをわが審美眼に濾過して、絵絹の上に移したるものに過ぎぬ。

花が花と見え、水が水と映り、人物が人物として活動すれば、画の能事は終わったものと考えられている。

もし、この上に一頭地を抜けば、わが感じたる物象を、わが感じたるままの趣を添えて、画布の上に淋漓(りんり)として生動させる。

ある特別の感興を、己が捕えたる森羅の裡に寓するのがこの種の技術家の主意であるから、

彼等の見たる物象観が明瞭に筆端に迸(ほとばし)っておらねば、画を製作したとは云わぬ。』

 

実はこの本は、私が美大受験のために浪人していたときに、同じアトリエでともに絵を描いていたN君からいただいたのです。

彼が(おそらく私に足りない心構えだと思って)この本をくれた時、その価値がわからない私の反応は、きっと阿呆のような顔をしていたと思います。

高校生の頃から頭脳明晰だった彼は、私の無反応に失望したかも知れません。

友人を大切にしない(私の致命的な欠陥のひとつ)私は、大学卒業後の彼の行方を知りません。

あれから20年がたって、やっとN君の知性と優しい心遣いに気がついて、いまごろ感謝している私を許して下さい。